こたえは内側にある

 

最近、本の読み方が変わった。
今まではちゃんと内容を頭に入れようと時間をかけて一行一行読んでたんだけど、最近は違う。

 

「この本はあたしになにを気づかせる本なんだろ〜??
あたしの心はどう波立つんだろう??
この本はあたしに今必要な本なのか??」

 

ここに意識を向けてる。

 

ダーっと本に目を通していって気になるところは止まる。
ふむふむ。
またダーっと流れ出す。
まだ止まらない。
あ、また止まった。

 

止まったとこは自分の中に落とし込む作業に入る。
あたしはこのことについてどー感じてるの??
これは今いる??
これ使う??
これは先に必要になってきそうなことだな。
あ、この感じ方、表現の仕方、ステキだな。

 

止まったとか、気になったこと、
どー使うかを考えて、すぐ実践。
それか、この文章読んだ後のあたしの心はこーなるんだって感じる。

 

みたいな雰囲気で本を利用しだしたことに気づいた。

そーすると1冊の本読むの、速読ほどじゃないけど、早い!!

 

結局、ゆっくりしっかり読んだって、自分の心に残ることって変わらない気がする。

 

それは
“あたしは受け取れる、自分を信じてる”
が前提にあるから◎

 

あたしにその時必要なことはちゃんとキャッチできると思ってるし、もしその本で受け取れなかったとしても、あたしにほんとに必要な要素なんだったら絶対違う形であたしの前に現れるはず!!
今回この本で受け取れなくて失敗してもいいやん!!
失敗した方がその気付きは実践を経験してしっかり自分に根付く。
それでもやっぱその本で先に気付けるなら気付きたいから本を読む時の集中度合いは違う。
ま、集中してなくてもほんとに気になるとこあったら本に引き戻されるんだけどね。

 

みたいな。
最近はそんな本の読み方してる。

 

 

で、よく考えてみたら最近はどんな出来事も、自分がどんな風に感じてるのかを客観的に見てる自分がいる。

 

あー、このことはあんま心から興味持ってないなー。
とか、
あ、これは早くに消化しなあかんなー。
とか、
あ、こーゆーことでも幸せ感じてるんや!!
とか。

 

結局は自分。

 

自分の心のフィルターが汚れてたりすると、出来事に汚れがついてイヤな捉え方する。

 

でも心のフィルターをなるべくキレイにしてると本来の自分の捉え方が見えてくるんかなー??

 

あたしはこんな風に物事を捉える傾向あるなー。
あたしプライド高いな〜。
こーゆーこと大事にしてくれんと揺れるんや。
とかね。

 

こんな風に自分が感じてることを客観視できるようになると、人の感情とかも、
あー、この人はこーゆー風にとるのね。
そーなる経験とか価値観ってどーやってできてきたんやろ?
とか考えだすんよね。

 

んじゃ、その人との会話も相手に興味を持ち出してその人のことがよりわかるようになるからコミュニケーションが深まる。

 

あ、話を戻して…

 

本や旅、日々の生活や友達との会話を通して自分の内側にどんな変化が起こるのか。
小さいもやもやした波?
大きなイライラの波?
からっぽの寂しい感じ??
温かい蒸気のようなエネルギー??

 

外側で起こったこと、情報に目を向けるより、内側に起こったエネルギーの変化や感情に意識を向ける方が楽しい♬

 

外側のものは自分でコントロールできないことの方が多いけど、
内側は無限にあるし自由で、どこでもいつでも繋がれる!!笑

 

本の話からだいぶ内容が変わってけど、結局はこれ!!

 

自分の内側に意識を向ける◎

 

そーしたら本読むのも
大掃除のときみたいにいろんな出来事の判断も早くなるし、深まる。

 

そして自分がどーしたいのかわかる。

 

いろんなことがシンプルになる。

 

そんな気がする。

 

てか、そーなってきてる。笑

 

 

来年はどんな学びとの出逢いがあるかな〜?!

 

楽しみー♬

 

 

 

 


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